■一言解説
大気は、地表に近い下層ほど低温で重い空気、上層ほど高温で軽い空気がある状態が最も安定で、大気の位置エネルギーが最小な状態である。しかし実際の大気では最も安定な状態になっていることは少なく、不安定な分だけ余分な位置エネルギーを持っていることになる。この余分な位置エネルギーが有効位置エネルギーである。不安定な大気は安定な状態になるために動く、つまり位置エネルギーが運動エネルギーになり、これが温帯低気圧のエネルギーの源となる。有効位置エネルギーは、高緯度の寒気が南下し、低緯度の暖気と交わるところで大きい。
■詳解
(1)有効位置エネルギー
重力を受けている質量
mの質点は、基準面からの高さ
hに応じて
mghという位置エネルギーをもっている。物をある高さから落とすということは、位置エネルギーの運動エネルギーへの変換を意味する。大気も重さがあるために、位置エネルギーというものをもっている。しかも、地球全体の大気の重さは相当なものであるから、その位置エネルギーも相当なものである。しかし、その莫大な位置エネルギーが全て運動エネルギーに変換されることはない。その理由は、どこかで空気の下降(位置エネルギーの減少)が起きれば、それを補償する上昇運動(位置エネルギーの増大)が起きるからである。
図1を用いて以上のことをより具体的に説明しよう。(a)のように、隔壁で左右に分断された流体を考える。左の重い(青)流体の密度をρ
1、右の軽い(桃)流体の密度をρ
2とし、容器の幅
L、流体の深さ
Hとすれば、(a)における流体のもつ位置エネルギーは、
| (1)
|
である。次に隔壁を外せば図(b)のような運動が起こり流体は振動するが、やがて摩擦のために運動エネルギーは熱エネルギーに変化し、図(c)の状態に落ち着く。この最終状態の位置エネルギーは、
| (2)
|
である。したがって、
| (3)
|
だけ、位置エネルギーが減少する。このように、大気の全位置エネルギーのうち、実際に運動エネルギーに変換されうる、つまり実際に利用される位置エネルギーを有効位置エネルギーという。実際の大気において、有効位置エネルギーは全位置エネルギーの約0.5%にすぎない。
(2)有効位置エネルギーの運動エネルギーへの変換

大気の運動によって開放された有効位置エネルギーは運動エネルギーに変換される。一方、大気中の運動エネルギーは摩擦によって減少し、熱エネルギーに変化する。有効位置エネルギーは、水平的な温度コントラストから生じるものであるから、非均一な加熱などによる温度コントラストの増大によって絶えず生成されている。
大気中のエネルギーの状態を考える場合には、東西方向に平均した基本場とそれに重なる渦(偏西風波動等)の場とに分類するとわかりやすい。それを図示したのが図2である。
- 東西流におけるエネルギー変換
大気の低緯度側で優勢な「ハドレー循環」に対応するエネルギーの流れは青矢印で示した。放射エネルギー収支の不均衡によって、高緯度側では冷却、低緯度側では加熱がおき、南北の温度コントラストが生まれ、東西流の有効位置エネルギーが生成される。ハドレー循環は赤道付近で上昇し、亜熱帯で下降する「帯状平均に現れる暖気上昇、寒気下降」であり、これによって帯状流の運動エネルギーに変換される。運動エネルギーは摩擦で消散される。
- 低気圧の発達とエネルギー変換
中緯度における、高・低気圧(リッジ・トラフ)は帯状平均場に重なった波動(渦)と考えられる。偏西風波動に伴うエネルギーの流れは、赤矢印で示してある。まず、大気における南北の放射不均衡より東西流の有効位置エネルギーが生成される。発達するトラフに関しては、その軸は下層から上層に向かって西に傾き、高度場と温度場の位相がずれている。これはトラフ前面で暖気が北上し、後面で寒気が南下し、東西の全位置エネルギーの差を大きくしている。この変換が、東西流の有効位置エネルギーから擾乱の有効位置エネルギーの生成にあたる。また、トラフの前面では暖気上昇、後面では寒気下降も起きているから、これが擾乱の有効位置エネルギーの運動エネルギーへの変換にあたる。これが、低気圧発達過程である。また、図には示してないが、低気圧・トラフの前面では降水があり、潜熱が放出されている。これも、擾乱の有効位置エネルギーの生成に寄与する。
大気全体で見積もると、有効位置エネルギーのうち実際に運動エネルギーに変換されているのは約10%である。
参考文献
新田 尚, 伊藤 朋之, 木村 龍治, 住 明正, 安成 哲三, 2002 : キーワード 気象の事典。 朝倉書店, 520頁。
小倉 義光, 1999 : 一般気象学[第2版]。 東京大学出版会, 308頁。