■一言解説

地球規模で考えた時に、主に日射量の差によって生じる低高緯度間で大きくなりすぎた温度差を解消する傾圧不安定波によって発生する約数千キロの幅を持つ総観規模の低気圧を温帯低気圧という。対になって発生する同水平規模の高気圧は移動性高気圧と呼ばれる。つまり、温帯低気圧は寒気と暖気の大きい中緯度を中心に発生し、寒冷前線や温暖前線といった前線を伴うことが多い。そして、温帯低気圧は、寒気が暖気の下に潜り込むという有効位置エネルギーから低気圧性循環の運動エネルギーへの変換を通して発達する。
■詳解
傾圧不安定波と温帯低気圧の発達
中緯度の偏西風帯は、様々な波長の波が重なり合って常に南北に波を打っている。その中で波長数千kmほどの波が地上天気図での温帯低気圧や移動性高気圧と結びついている。その形成過程・発達過程は先に述べた偏西風帯での波動と大きく関わっている。図1は、温帯低気圧の立体構造の模式図である。地上の低気圧の上には傾圧不安定波に伴う気圧の谷があり、低気圧の前面と後面には、寒気と暖気の境目である前線が解析されている。低気圧の前面では暖気が寒気の上にはい上がり上昇気流が、後面では逆に寒気が下降している。これは正に、暖気が上昇し、寒気が下降する有効位置エネルギーから運動エネルギーへの変換を示している。

図2は温帯低気圧の一生を示したものである。左側は発達の初期段階である。500hPa面では偏西風はすでに波打っており、気圧の谷と気圧の尾根が認められる。気圧の谷の東側では南よりの風によって暖気が流れ込み、西側では寒気が流れ込んでいる。地上では弱いながら低気圧が解析され、その中心は500hPaの気圧の谷の少し東側(前面)にある。中央の図が、発達期の構造である。発生期に比べ波の振幅は増大して、気圧の谷の東側の南西風及び西側の北西風が強まっており、寒気の中心は気圧の谷の西側にある。地上天気図の温帯低気圧の中心は依然として上層の気圧の谷の東側にあり、地上と上層の気圧の谷の軸は西に傾いている。この構造は発達中の温帯低気圧に特徴的な構造である。右の図は発達しきった状態であり、この状態の上層の低気圧を寒冷低気圧と呼ぶ。地上低気圧は閉塞前線を伴い、気圧の谷の軸は鉛直になる。やがて低気圧は衰退する。
温帯低気圧の発達過程に見られる雲パターン
温帯低気圧の発達段階に応じて、衛星からの雲画像には特徴的なパターンが度々見られる。図3は、2003年2月28日から3月2日にかけて、日本付近を発達しながら通過した低気圧について赤外雲画像を示したものである。2月28日には、停滞前線が中国から東シナ海に伸びており、前線上(前線は青線で示してある)には折れ曲がった部分(キンク)が見られた。雲画像では、雲のまとまりはしっかりしていない。
やがて、キンク部分に低気圧ができ、発達しながら東進して3月1日には九州の西に達した。このときまでには、低気圧に伴う雲は明瞭な大きな塊となっており、かつ北側に大きく盛り上がっている。この北に盛り上がった雲パターンをバルジと呼ぶ。発達中の温帯低気圧に見られる特徴的な雲パターンである。
1日22時には、低気圧は紀伊半島に達した。雲パターンを見ると西端がフック状になっている。この雲パターンをフックパターンと呼び、低気圧が順調に発達を続けている様子を示すものである。
そして、低気圧はさらに発達し東進して、2日09時には中心気圧が976hPaまで降下し最盛期を迎えた。雲画像でも、明瞭な低気圧性の渦が認めらられる。そして、低気圧西側の雲の無い部分が低気圧の中心に巻き込まれるような分布をしている。これは、低気圧の中心に向かって西側の乾燥空気が流れ込んでいる様子を示しており、この部分のことをドライスロットと呼ぶ。
発達中の温帯低気圧の特徴
これまでに説明してきたことも加えて、発達中の温帯低気圧の特徴を次に列挙した。
- 地上の低気圧の中心が、上層(主に500hPa)での気圧の谷(トラフ)の東側にある。気圧の谷の軸が、地上から上層にかけて西に傾いている。
- 低気圧の前面の高温域で上層気流、後面の寒冷域で下降気流がある。これは、有効位置エネルギーの運動エネルギーへの変換が行われていることを示している。(700hPa及び850hPaの高層天気図より読み取れる)
- 低気圧に伴う雲域が大きく極側に盛り上がるバルジそしてフックパターンが見られること。低気圧の最盛期には、後面の寒気流入に伴ってドライスロットが形成される。
温帯低気圧のモデル
温帯低気圧及びそれに伴う前線を含めた時間変化のモデルには、1920年代にノルウェー学派によって提唱されたNモデルと1980年代後半にシャピロらによって新たに提案されたSモデルとがある。NモデルとSモデルはどちらが正しく、そちらが間違っているものではない。Nモデルのような進化をする低気圧もあれば、Sモデルのような進化をする低気圧も存在する。低気圧の発達は大規模な流れと深く関わっており、背景風が分流型または南北のシアが大きい場合にはNモデルの特徴、背景風が合流型ないし南北シアが無い場合にはSモデルの特徴を持った低気圧が出現する傾向にあるらしい。次に、おのおののモデルの説明をする。
(1)ノルウェー学派のモデル(Nモデル)

温帯低気圧及び前線の構造とそれらの時間変化等のライフサイクルを記述するモデルは、1922年にノルウェー学派によって初めて提唱された。図4(a)には、ノルウェー学派のモデル(Nモデル)の模式図を示している。
Nモデルによれば、下層の前線上に発生した波動擾乱(低気圧)が東進するにしたがって発達し、その過程で寒冷前線の移動速度が温暖前線のそれより速いために追い付いて閉塞前線が形成されるというものである。閉塞前線が形成される段階が低気圧の最盛期であり、その後は衰退に向かう。
近年になり、高層気象観測の充実や気象衛星などで低気圧の全体像が捉えられるようになって、閉塞前線とその形成過程について現実と矛盾点が次第に指摘されるようになった。その中で、1980年代後半にアメリカで大規模な特別気象観測が行われ、Nモデルに大幅な修正を加えた新しい低気圧・前線モデルがシャピロ(Shapiro)らによって提案された。
(2)シャピロ(Shapiro)のモデル(Sモデル)
Sモデルでは、低気圧の発達過程を図4(b)に示してあるような4段階に分けている。初めに、幅広い連続した前線(傾圧帯)が存在し、その上に低気圧が発生する。次に、低気圧の発達に伴い連続していた前線が低気圧の中心付近で断裂する(前線断裂)。そして、温暖前線が低気圧の中心を通って南西方向に延び(後屈温暖前線)、この後屈温暖前線及び温暖前線がそれらと直角に低緯度方向に延びる寒冷前線とともに特徴的なT字型を成す(前線のTボーン模様と呼ばれる)。低気圧は最盛期を迎え、中心付近では後屈温暖前線の西側が強く巻き込んで、そこに暖域から隔離された比較的温度の高い核が形成される(温暖核隔離)。NモデルとSモデルの大きな違いは閉塞前線の有無である。
参考文献
小倉 義光, 1999 : 一般気象学[第2版]。 東京大学出版会, 308頁。
新田 尚, 伊藤 朋之, 木村 龍治, 住 明正, 安成 哲三, 2002 : キーワード 気象の事典。 朝倉書店, 520頁。
津村 知彦, 山崎 孝治, 2005 : 日本付近で発達したShapiroタイプの温帯低気圧, 天気,
52, 105-118.