ケルビン波
一言解説
x=0(y=0)において南北(東西)方向つまりy(x)方向に延びた壁(海岸線)があるとする。このとき、x(y)=0〜∞の流体内に存在する波の中に、壁(海岸線)付近で波のエネルギーが最大になり、壁(海岸線)から離れるにつれて指数関数的にエネルギーが減少する境界波の性質を持つものがある。このような波動をケルビン波という。ケルビン波は重力を復元力とする波で慣性重力波と同じで、位相速度は重力波と同じである(以下の「詳解」を参照)。沿岸での水位変動(例:1971年の太平洋沿岸の異常潮位)はケルビン波が沿岸に沿って伝播した結果である。また、大気中においてもコリオリパラメータが0となる赤道を境界として、東向きに伝播するケルビン波が存在している。赤道付近での季節内変動として知られているマッデン・ジュリアン振動(MJO)はケルビン波によるものと考えられている。

詳解
浅水系の模式図 図1は海底の深さが一様な海洋における波の様子を模式的に示したものである。Hは平均的な深さで、ηは平均面Hからのずれを表している。(海水を空気と見立てれば、大気においても同様に考えられる)このような海洋における運動を記述する運動方程式系は、運動方程式と質量保存則から成り、以下のように記述される。
浅水系運動方程式 (1)
浅水系質量保存則の式 (2)
この(1)、(2)の方程式は非線形であり、解を解析的に求めることは特別な場合を除いて困難である。そこで、各変数u,v,ηに関して平均からのずれ、微小変動を考える。しかも、u,vに関してはその平均値をゼロとする。そのようにして、(1)、(2)を線形化(ここに記述した方法を摂動法という)すると、方程式系は以下のように記述できる。
浅水系運動方程式(x方向、線形化) (3)
浅水系運動方程式(y方向、線形化) (4)
浅水系質量保存則の式(線形化) (5)
(3)〜(5)の方程式系に関して、コリオリパラメータf=f0、H=一定と仮定をすると、以下のように記述できる。
線形化浅水系x方向運動方程式(f=fo、H=一定) (6)
線形化浅水系y方向運動方程式(f=fo、H=一定) (7)
線形化浅水系質量保存則の式(f=fo、H=一定) (8)
式(6)、(7)のvを消去すると式(9)が、またuを消去すると式(10)が得られる。
線形化浅水系運動方程式(v消去式) (9)
線形化浅水系運動方程式(u消去式) (10)
式(9)をxで微分し、式(10)をyで微分し、両辺を式(8)に代入して、∇・Vを消去すると次式が得られる。
etaのみの微分方程式 (11)
式(11)において、x=0においてy軸方向(南北方向)に延びた壁(海岸線)があるとき、x=0とx→∞の間にある流体(海)の中をy方向に伝播する波動を考える。海底は平坦であると考える。x=0で壁であるから、それに垂直な速度成分は常に0でなくてはならない。すなわち、x=0でu=0という境界条件を満たさなくてはならない。この条件を式(9)を用いて、ηについての境界条件に書き直すと、式(12)で表すような境界条件になる。
境界条件1 (12)
またx→∞では擾乱の振幅は0になるとして、
境界条件2 (13)
という条件も満足させる必要がある。そして、ここではy軸方向に伝播する波を考えているのであるから、式(11)の解として、式(14)を仮定する。
式(11)の解の仮定 (14)
式(14)を式(11)に代入すると、F(x)を決める方程式として、式(15)が得られる。
F(x)の仮定 (15)
この微分方程式の解として、式(16)を仮定する。
微分方程式(15)の解の仮定 (16)
ηは定数で、境界条件(13)を満足するために、αは正の実数とする。式(16)を式(15)に代入すると、
式(16)を式(15)に代入して得られる関係式 (17)
でなければならない。ところが、式(16)と式(14)を式(9)に代入すると、 f0+αc=0が得られる。この2つの式から、αとcを求める次の(18)、(19)の2組の解が得られる。
αとcの解1 (18)
αとcの解2 (19)
(18)の解は、慣性波である。(19)の解について着目すると、このときのηの解は、
式(19)のときのetaの解 (20)
である。ここに、
ロスビー変形半径 (21)
で定義された量は、ロスビーの変形半径と呼ばれるものである。深さが一定で密度一様な流体層においては、その運動を支配する重要な物理量としては、g、H、f0があり、これから(水平スケールの)長さの次元をもつ量をつくるとすれば、式(12)のλしかない。また、式(11)を見ると、ηの波の振幅は岸から離れる、つまりxが大きくなるにつれて、指数関数的に減少し、その減少の割合はλによって決まるのである。
ηが決まれば、式(20)を式(9)、(10)に代入して、(22)、(23)のようにu,vを決めることができる。
uの解 (22)
vの解 (23)
この解式(20)、(22)、(23)で特に注目すべきことは、(a)壁(x=0)にとどまらず領域のいたるところでu=0、つまり壁に平行な速度成分しかないこと。(b)位相速度は位相速度であり、波は分散性がないこと。(c)流れの振幅は壁で最大で、壁から離れるにつれて指数関数的に減少し、その減り方の特徴的なスケールがロスビーの変形半径で与えられることである。一般に波のエネルギーが壁(境界線)付近に集中している波を境界波という。ここに述べた性質をもつ波をケルビン波と呼び、ケルビン波は境界波として重要なものである。沿岸付近での有限な海洋域の水位の変動は、ケルビン波として海岸に沿って伝播する。1971年秋に起きた日本の太平洋岸の異常潮位はケルビン波の伝播で起きた現象である。
ケルビン波に伴う気圧と風の場 ここまでは、y方向(南北方向)に境界を設定したが、x方向(東西方向)に境界を設定しても同様な波が得られる。この場合は、領域の任意の場所でv=0という解が得られる。図1にはケルビン波に伴う風速場と気圧場を示しているが、東西方向の風速成分に関しては地衡風の関係を満たしているが、南北の風速成分は全くない。地球は南北両半球で対称であるから、赤道上ではv=0というケルビン波が存在できることになる。慣性重力波を導く方程式系において、赤道上ではコリオリ力は0、つまりコリオリパラメータf0=0とし、y方向のコリオリパラメータfの変化をβ平面近似を用いて、f=βyとし、v=0という条件を加えると、方程式系は以下の(24)〜(26)で表される。
β平面近似したuの運動方程式 (24)
β平面近似したvの運動方程式 (25)
連続の式 (26)
(25)より係数がyの関数になっていること、そしてx方向に伝播する波を考えているので、(27)の形の解をとることになる。
uとetaの解の仮定 (27)
式(24)、(26)からc^2=ghであることがわかる。次に、式(24)、(25)よりu^を消去すると、eta^を決める微分方程式として、
eta^を決める微分方程式 (28)
が得られる。この解は、
微分方程式(28)の解 (29)
である。ここにη0はy=0(すなわち赤道)におけるηの振幅である。y→∞でη→0となる解に着目したいのだから、そのためにはc>0、すなわち、
位相速度 (30)
でなければならない。この結果によれば、このケルビン波は東に向かって進む。結局求める解は、
etaの解 (31)
uの解 (32)
vの解 (33)
である。
バルボアで1965年12月から1966年5月末まで下部成層圏で観測された気温 実際の大気においても、このような性質をもつケルビン波が検出されており、図2はそれを示している。図2より、気温が約10〜20日周期で変動していることがよくわかる。この変動は、波長約30000km、位相速度25m/sくらいで東進するケルビン波によってもたらされたものである。注意したいのは、方程式系で理論的に導いてきたケルビン波は、均質非圧縮性の流体層に対するものである。実際の大気は密度成層をしており、波動も単に東西方向に伝播するだけでなく、鉛直上方にも伝播できる。また、速さも高さによって変化するということである。

参考文献
小倉 義光, 1999 : 気象力学通論。 東京大学出版会, 249頁。